Report Chapter
Language:
Japanese

インドネシア足跡調査 - 第11章 気候変動対策・自然環境保全

In インドネシア足跡調査 11
Author: 
2018-05

日本の高度経済成長期であった1970年代から1980年代は、国内における輸入木材の需要が大きく、インドネシアは重要な木材の供給国であった。このような背景から、当時の案件は産業育成としての林業開発の案件が多かった。1990年代から気候変動と生物多様性問題への国際的な関心が高まり、これらの環境課題の解決に向けて、インドネシアの熱帯林保全の重要性が認識され始めた。このため、1990年代後半以降、生物多様性保全、気候変動対策の視点からプロジェクトが形成されることが多くなった(1990年以前は、生物多様性、気候変動と名の付いた案件はなかったが、1990年以降、生物多様性関連案件は13件、気候変動関連案件は12件程度ある)。
自然環境保全(森林)
日本の協力により、森林保護・保全地域を政府が住民と一体となって管理する方策が打ち出され、この取り組みは、住民参加による予防と消火の能力開発に貢献したとインドネシア環境林業省から高い評価を得ている。また、環境林業省は、本邦研修で視察した消防団をモデルにし、地元に根付いたManggala Agni(消防団)を設置した。その一方で、2015年には近年最大規模の森林・泥炭火災が発生し、大規模な生物多様性の損失、大量の温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)排出など大きな課題が表面化し、インドネシアの森林火災予防能力のさらなる強化の必要性が露呈した。これを受け、政府は火災で荒廃した泥炭地の再生や、泥炭火災の防止を目的とした泥炭地回復庁を2016年に設立した。
自然環境保全(生物多様性)
1990年半ばには、無償資金協力により西ジャワ州ボゴール県チビノン郡(ジャカルタから車で南へ約1時間)に生物学開発研究センターが建設され、現在も有効に活用されており、同国の生物多様性の研究に大きく貢献している。同センターの動・植物、微生物の標本館は、生物多様性研究・保全のために活用されているほか、世界各国の研究者が訪問、中学生、高校生が生物学の学習のために利用するなど、さまざまな形で活用されている。また2011年に開始された科学技術協力事業(SATREPS)「生命科学研究及びバイオテクノロジー促進のための国際標準の微生物資源センターの構築プロジェクト」では多数の日本の大学や研究所が参加しており、両国の研究者の交流も強化され、微生物の高度な保存方法などの技術がインドネシアに移転された。
気候変動対策
気候変動への国際的な問題意識は1990年以降に高まり、インドネシアに対する日本の気候変動対策に係る協力は、2000年代に入って本格化した。インドネシアは世界に先駆けて、気候変動対策を目的とした円借款が実施された国であり、また国家緩和目標もほかの東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国に先んじて策定し、地域の気候変動政策をリードしてきた。円借款の内容としては、緩和、適応に加え、そのほか分野横断的な課題も含み、多岐にわたるものであった。日本の支援により、インドネシア政府内の気候変動の主流化や気候変動対策の能力は向上し、二国間クレジット(Joint Crediting Mechanism:JCM) や途上国の森林減少・劣化に由来する排出削減(REDD+) などの取り組みも進んだ。2016年5月にJCM開始以降初めてクレジットが発行され、2件の冷凍設備等の省エネルギープロジェクトにおいて温室効果ガスの排出削減が実現され、合計40tのクレジットが発行された。これらの仕組みはまだ準備段階もしくは実施の初期段階にあるというのが現状であり、GHG削減目標達成のためには継続した取り組みが必要である。
他方で、現在、環境林業省は有償資金協力の要請は検討しておらず、またインドネシアはパリ協定を受けて、野心的な自国が決定する貢献案(Intended Nationally Determined Contribution:INDC) を掲げており、JCMやREDD+によって得られるクレジットの他国への発出について消極的であり、援助を取り巻く環境は変わりつつある。